「ドラムは叩けたらカッコエエけど、目立たないよ」
所詮、高校生の考えているバンド感など、目立つか目立たないか、だけである。
確かに、ドラムはかっこいい。叩けたら。
しかしステージから見たら、顔しか出てない。それかっこ悪いぞ!
その点、ギター。
正直、ボーカルの次にかっこいい。目立つ。動き回れる。ずーっと歌うたってるボーカルより、たま〜にスタンドマイクに寄っていって「イエー」とか言うほうがクール!
なんならソロ時は、ボーカルより前に出ることだって可。まさに変幻自在。
「ギターにするわ」
決めた。ドラムは、やめ。
同じクラスの鈴本くん、ブラスバンド部の佐倉先輩もギタリストであったため、その気になればいろいろ教えてもらえる。
決めたら早い。ギターを買わねばならない。しかしあたしは高校生。
あたしの親は、たいして教育熱心ではなかった。しかし、高校生であるうちは、バイトなんてしなくていいから勉強をしなさいよ、というノリであった。
ノリ、と書いたのは、別にそのセリフをそのまま言われたわけではなく、なんとなくバイトをさせてくれなかったからそう解釈しただけなのだが。
であるから、自分のお金でギターを買うのは至難の業。
正直、音楽雑誌の後ろのほうに載っている、ギター(ストラト)とアンプとギタースタンドとソフトケースがセットで1万9800円の通販のギターでもいいかな、まぁ最初のウチは、なんて思ったりもしたが、
アルトサックスを通販で購入した時のような失敗はしたくない。
(詳しくは 第13回 浮かれちまったアホ面に を読もう!)
ギター買ったのにフレットが10フレットまでしかなかったとか、弦が交換できない仕組みだったとか、アームがただの飾りだったとか、そんなんはもういやだ!
確かなものを、確かな価格で!
そのためには、親のバックアップが是非とも必要である。
アルトサックスをねだった時のように、夕飯の準備をしているオカンに、背後から忍び寄る。
「あのさぁ、あたしさぁ、実はさぁ、ギターをさぁ、弾きたくてさぁ、ほんでさぁ、練習したくてさぁ、だからさぁ、ギターを…」
「ギターってどんなやつ?」
「ギターって、こんなやつ」
音楽雑誌に載っているギターを指差してオカンにみせる。手に持っている包丁はとりあえず危険だから置いてほしいところだ。
「電気のやつ?」
「電気のやつ」
オカンは暫く雑誌を見るともなく見ていたが、続きのきゅうりを切りだした。
「アカンアカン!そんなんアカン!不良やん」
不良…。吉田拓郎の時代じゃないんだよ、オカンよ。
若いやつらが、バスケをするように、剣道をするように、習字を習うように、
バンドをするんだよ!!!
「不良じゃないよ」
あたしはとにかく、自分が不利にならないように、ギターの説明をした。クラスにも部活にも、ギターを弾いている男子がいること、ギターだけでなく、学校にはドラムを叩いている子もいると聞いた、ということ。エレキギターの派手な部分は極力言わず、クラシカルな部分をクローズアップして頑張った。
オカンは夕飯の支度どころではない。いい加減めんどくさくなってきている。
「うるさいなぁ。お父さんに聞いてみ」
でた。お父さんに聞いてみ。
オカンはめんどくさくなるとオトンに振る癖がある。いや、もうオカンとしてはどうでもいいのだろう。あたしがまた変なことを言い出した、くらいにしか思ってないのである。
何も、
「覚せい剤をやらせてくれ」やら
「売春してもいい?」
やらと言っているのではないのだ。んなこといちいち親に確認をとる子供はいないだろうが。
よし、オトン。
あたしはオトンが帰ってくるのを、ただじーっと待ち、オトンが夕飯を食べ終わり、阪神が勝って機嫌のよいところを見計らってオトンの背後から忍び寄った。(基本は背後から)
「お母さんには言ったんだけど、あたしギターをやりたいからギターがほしい」
オトンは無言である。
「絶対まじめにやる。(どういう意味だろう)ギターやったらずーっと続けられると思う。(いつも言っている)それ以外は、何もできなくてもいい。(まだ高校生なのに)」
そう告げた。
オトンは新聞から顔を上げ、こう言った。
「ギターってアレか。電気のか」
両親揃って気にするところは同じである。
よっぽどエレキは不良性が高い、ということだろう。
「電気のだよ」
「電気のやないとアカンのか」
よくわからない。しかし、その時のあたしは、アコギやフォークには全く興味がなかった。
ジェイル大橋の弾いているギターは、まぎれもなくエレキギターなのだ。それ以外のギターがいるわけがない。
「電気のやないと、アカンの」
オトンは、フン、と鼻を鳴らし、
「オマエはいつも、飽きるやろ。せやからギター買っても飽きるんちゃうか。飽きへんねやったら、半年。半年待ってみろ。半年たってもまだギターやりたい、って言ってたら、やってもええわ」
半年…。長い。長すぎる。しかし、今のあたしには、その条件を呑むしかない。
それに、「絶対にやるな」と言われなかった。それが救いだった。半年待ったら、ギターを弾けるのだ。
あたしはソファの上でアルペン踊りをしたい気分になった。
「待つ待つ!だって絶対ギターやりたいもん。ありがとう」
それからというもの、生の女子に触れられない童貞男子がグラビアアイドルを眺めるかの如く、音楽雑誌の片隅に載っているギターや、楽器屋で貰ってきたカタログに載っているギターを、暇があれば眺め、己の欲求を満たす毎日が続いたのである。
・・・つづく
小日向ヒカゲ
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