どすこいな楽器、バスクラリネットが、己のパートとなった中学一年の春。
バスクラリネットは、その名の通り、低音を奏でる楽器である。であるから、楽譜もサッパリしたもんで、全音符が主流。あって四分音符。
正直、つまんねー。
同輩は皆、苦労しつつも、それなりのメロディーを奏でている。メロディー。あたしもそれ欲しい。
しかし、いくら妬み、嫉んでみても己のパートが変わるはずもない。こうなったらバスクラリネットのエキスパートを目指すしかない。全音符しか吹けないのであれば、せめて魂のこもった全音符をこの胸に!
ある日、恋することも忘れ、ボーボーと楽器を吹いているあたしに、先輩がこう言った。
「あのね、バスクラリネットって目立たないけど、結構その音色は印象に残るんだよ。『まんが日本昔ばなし』の、お話中にかかってる曲あるでしょ。あれ、バスクラリネットだよ」
え?そうなん?
そんなの、注意して聴いていないと全然わからなかった。あたしは早速、その週に『まんが日本昔ばなし』を観て、その曲を聴いてみることにした。
物語の中でその曲は、いつも、なんともまぬけでほのぼのとした場面で使用されており、それでいて存在感たっぷりな気がする。いや、たっぷりなのだ。
「なんかええやん、バスクラ」
あたしはその日から、ちょっと彼が愛しくなった。この際、彼と呼ぶけども。
であるから、部活にも熱が入る。
チャラチャラとメロディーを奏でている愚か者どもよ。この低音ヴォイスを聴け。多くを語らないかわりに、体が何かを感じないかい?いいだろ?残念だな。あたしはこのスタイルでイカせてもらうよ。ぼー。
「小日向さん」
自分に酔っていたら先輩に呼ばれた。
「へい」
「あのね、小日向さん、今年のコンクール、出てもらうことになったよ」
「え!」
コンクール。それはブラスバンド部にとって、1年に一度の大きな大会である。これに勝ち抜いて、県の大会に出、地域の大会に出、全国の大会に出るのだ。大会に出られるのは、基本的には2年生と3年生だけである。それにあたしが出られるのだ。
しかし、大会への道のりは厳しい。同輩が帰っていく中で、あたしは遅くまで学校に残り、練習をする毎日が続いた。しかも、大会にプラスして、先輩が「アンサンブルコンクール」にも出る、というので、それの練習もせねばならなくなった。おいおい、あたしを巻き込むなよ。調子に乗りやがって。ち。
そんなこんなで、どっぷりと首まで部活に浸かった生活。そのおかげで、エレクトーンが御座なりになっていった。
そのほったらかしぶりと言ったらば、あまりに練習をしなかったため、家に通ってくれていた先生から、
「こんなに練習をしない子に教えることは何もない」と、三行半を突きつけられたほどである。
先生の資格が取れるグレードの一歩手前で、あたしはエレクトーンを習うことをやめてしまった。
よく考えたら、エレクトーンのほうが男ウケは、確実にいい。残念だ。
つづく
小日向ヒカゲ
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