中学三年生。いよいよ正念場。ついにテナーサックスを手にする時がきた。先輩はもういない。新入生なんて相手にならぬ。
タイムハズカム。
しかし。
自分のパートが決まるという、そんな大事な時期。
そう。あたしがそんな大事な時期を逃すわけはない。今までの人生から言って。悪い意味で。
バリトン横綱コヒナタはこの時期、あろうことか、恋をしていたのだ。恋にウツツを抜かしておったのだ。故意に。いや恋に。
まぁ、そのうち「灰汁(アク)末」の「恋篇」(って誰も知りたくないか)でも書いて、あたしのスットコドッコイな恋愛をご紹介したいところであるが、とにかくウツツを抜かしておったのだ。バリトンそっちのけで。そう。バリトンそっちのけ、ってことは、部活をそっちのけ。
「では、一年生のパート、決まりましたのでよろしくお願いします」
「テナーの園田です」と一年生。
「アルトの松島です」と一年生。
「あ、バリトンの小日向です」とあたし。
ってオイ!?あたしまたバリトンかよ!?
この時期、三村を知っていたら、あたしはそう叫んだだろう。
うーん。テナーの園田です。テナーのソノダです。テナーサックスのソノダです…。
園田さん、転校しない?
あたしはこの時、園田さんを本気で憎んだ。先輩であるあたしを差し置いて(ってあたしが勝手に恋にウツツを抜かしておったからなのだが)、オメオメとテナーサックスの座を射止めやがって。ってーか、テメー、めちゃくちゃカワイイじゃねーか、コンチクショー!
ボエボエボエボエオー。
バエーバエーバエバエオー。
タラリロラロレロー。と、色気を振りまきながらテナーを吹く園田(もはや呼び捨て)の横で、今日も全音符を吹くあたし。その音色は、言うまでもなく恨みに満ちていた。まるで園田に呪いをかけるように、体にまとわりつく嫌〜な音である。恨みのブルースを聴いてくれ。
辛かった。テナーサックスは遠い。あまりにも遠い。なのに皆は、いとも容易くそれを手にしてゆく。あたしの目の前で。
そんな状況になったらば、誰しもグレるわな。
あたしも例に漏れず、恋にウツツを抜かしついでに、部活から足を遠ざけていった。先輩はさておき、後輩である園田にその雄姿を見せ付けられるのが辛かった。もうそれは、立派なジェラシーだ。
あたしはアンタよりも彼を愛しているわ。
愛人が本妻にいうセリフを、あたしは園田にぶつけてみた。
それは跳ね返ってきて頭蓋骨を通過し、終脳を通過し、間脳を通過し、脊髄をズ、ズイっと直下し直腸に入って、ぽふ、とおしりから出た。
かしこ
つづく
小日向ヒカゲ
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