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さらばガリ勉の日々よ 第10回
ゲストハウス・ライフA
〜ルイーダの酒場〜
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「終わりの無いパーティに来ないかい?」
そんな風に誘われた秋の夕べ。ボクはカズが、蒲田に先ごろルームシェアを始めたという家に遊びに行った。
ボクが住んでいるゲストハウスから徒歩五分。近くには、酒とタバコを売るコンビニもあり、おまけに一軒屋だから基本的に音は出し放題。
そんな風な理由から、カズとその仲間達は、中古で家を借りて共同生活を始めたのだ。
入り口には小さいながらも門があり、ここに住むゲージュツ家が2分で作成したという手書きの看板もある。扉を開けると、玄関には、雑然と並べられた靴に混じって
カツラを固定するのに使うマネキンのようなものがあり、ネットからの拾いものであるという抽象画がインジェクトプリンタで刷られてそのまま飾られてあった。
リビングの扉を開けると、どこからか集まった、10名ほどの若者が、白黒の床の上で思い思いに談笑しており、どこからか拾ってきたというバカデカイスピーカーがドクンドクンと空気をかき乱すほどの低周波をかましながら活動している。
「ま、とりあえずカレーでも食べなよ。ビールは冷蔵庫にたんまりあるから。」
差し出されたカレーを口に入れると、スパイシーで独特の刺激があった。焼け付くような辛さをそのまま、キリンラガービールで洗い流す。部屋の飾り棚には、色とりどりの酒の入った小瓶が並べられており、無数のレコードや「野望の王国」だの「マリファナ・ハイ」だの、よくわからない本が並んでいる。
「やあ、こんにちは」
そんな風にその場で知り合ったもの達との会話は始まり、会話がなくなると、スピーカーからのノイズに耳を傾ける。職業とか、年齢とか、そしてその場で出会った人々の関連性とか、そんなことはどうでもよく、話題は目の前のカレーが辛いだの、うまいだの、インテリア代わりにモニタから無音で流され続けるアダルトビデオの中身がチープだの、ヌケルだの、近所の立ち飲み屋のオヤジがゲイだの、なんなの、そんなどうでもいいものだらけだったが、その場にいると不思議とそんなどうでもいい話題がたまらなく愉快であった。
テーブルの上には、500mlのビール缶がトーテムポールのように積み上げられ、おふくろ味風味の肉じゃがや、揚げだし豆腐、白菜のおしんこ、セブンのサラミやもろもろのジャンクフードが並べられている。
そう、いつだって若者は過度の塩分と爆音で狂喜するのだ。
喉が涸れ切るまで談笑し、そしてビール塗れの胃袋引っさげて眠りにつく。
ホットカーペットの床がヌクヌクと気持ちよい。
薄目を開けてあたりを見ると皆は談笑にふけっているようで、それがたまらなく心地よい安堵をもたらした。悪夢なんてここで寝ていれば永遠に見ることはないだろう。
***
「しんちゃんどこに行くの?」
「ん?ビール取りに行くの」
ボクの右耳からそんな声が聞こえ、左耳からはチュンチュンというスズメの泣き声が聞こえてくる。目をあけずにこの場の感覚を楽しむ。鼻腔からはカレー臭はもう消えていたが、秋の風と洗いたてのシーツの香りがした。目を閉じていても完全な暗闇は感じない。多分、朝だろう。
「Who can say where the
roads goes where the day flows, only time」
やがて酔い覚めでで少し眠いボクの頭にスピーカーからエンヤの声がこだました。
昨晩やったこと・・・酒とカレーと、塩分と、談笑!?
ドラッグとか宗教なんかなくても充分幸せになれる気がした。
そして、人間なんて所詮そんな単純な生き物なんだよと、何か凄いことでも思いついたかのようにボクは一人悟りを得る。
枕を抱き続け徐々にまた深い眠りの世界へ入っていく。普段なら眠りにつく瞬間、ここで黒い暗幕のようなものがスッとかかって気がついたら、けたたましいアラーム音が鳴り響いて「ああ仕事だよ」と嘆いているというのに、今日はその暗幕がヒラヒラと中途半端にめくれかかっていてまだそっちの世界には行けやしない。
「エンヤってっさあ、恋人以上賛美歌ミマンだよね。」
リビングで同じように大の字になってた誰かが寝言のように呟く。
「そうだよね!」とボクは共感しつつ、口を動かすのが面倒なのでイルカのように声の主に必死にテレパシーを送る。
ブルブルブル。鳴り止まない誰かの携帯バイブ音。もちろん誰も起きやしない。
うん、いい感じだ。一日がどうして24時間だなんて誰も答えられないのと一緒で、今何時かだなんてどうでもいい。100円ショップで買った秒針のうるさい安時計なんかに自分の生活を牛耳られるのは、もう真っ平だ。暗幕はまだ意識の風でヒラヒラとめくれあがっており、ボクは眠りを知らない。
「フー」
誰かがふかしたメンソール。
朝から甲斐甲斐しく足音を鳴らす家の住人がプシュッと、何かを吹きかける。
ニコチンと消臭剤の香り。
「おはようございます。ガサガサガサ」
左耳からゴミ出しのおばちゃんの、変わらない一日の始まり。
「ワアン。キャン」
徘徊する発情期の犬の声。
エンヤの清音が振るわす空気の鼓動
ホットカーペットの温もり
ジーン。ジーン。昨晩その体力を思う存分振り絞った冷蔵庫君。
ビールのボディガード役を勤め上げ、そして今日は少々お疲れ気味。
「よし。お姫様だっこだ!」
「キャア!」
先ほど、ビールを取りに行ったしんちゃんが、消臭剤の主とじゃれているようだ。
朝からビール。朝からじゃれあい。もし、無人島で暮らしても、彼は間違いなく朝から、食材を調達しに行ってくれるに違いない。
パチパチパチ。
エンヤの音が鳴り止むと、ボクはお姫様だっこと、その他全てのものに拍手した。昨晩の喧騒と、この静けさのギャップはナンなのだろう。
だけど、無性に心地よい。
Who can say where the
roads goes where the day flows, only time
この道はどこへ続いているのかなんて、
一日がどこへ流れさって行くのだなんて
誰がその時を問えるというのよ。
やがて、ボクの視界に、もがき続けていた暗幕がゆっくりと
覆いかぶさっていった。
(続く・・・)
by 雑魚ゾンビ
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