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さらばガリ勉の日々よ 第7回
〜鬱への扉〜 |
「AV女優自殺」
ネットサーフィンをしていたボクは、とある記事を発
見する。
その女優は、ボクとビデオでからんだ女優だった。
第4回に登場したB子だ。あの時はカレシとラブラブ
な話を楽しそうに語っていたが、結婚話がもつれて死
の決意を固めたらしい。
(・・・みんな、死んじゃうんだな)
そんなせつない気持ちになりつつも、「こんな世の中だ
からみんな死んでゆくんだよ・・・」と安堵感にも似た不
思議な気持ちを感じていた。
人生がツマラナイ・・・
この頃ボクは、毎日のようにそう呟いていた。
会社では「エージェント」という名の、電話取りサイボ
ーグ。某メーカーのPCを買ったユーザーが、毎日のよ
うに電話をかけてくる。電話機についた、開始のボタン
を押すと、ピコピコと赤いランプが点灯し、そこを押す
と北海道から沖縄まで、どこぞのユーザーと話中になる。
一度電話をかけてきたユーザーならばPCに自動的に、
生年月日や住所などのデータがポップアップされ、それ
を見ながらインカムの小さなマイクに向かって対応する。
お客の中には「VIP」という注意ユーザのグループがあ
った。入電するや否や、彼らの場合はアラート音が強制
的に鳴って警告ウィンドウが立ち上がる。
VIP・・・自分のホームページに書かれた詩を読ませるだけ
の人、目が悪いからデスクトップのアイコンの位置を教
えてくれと言う人、どうしてキーボードは「あいうえ
お」順じゃあないんだとイチャモンつける人、パソコン
は何故にこんなに難しいんあだぁ!!!と絶叫する人・・・。
仕事帰りには、会社近くの庄屋で同期といつも飲んでた。
18:00には上がれる仕事だったので、毎晩仕事のグチ
を言いつつ、安月給の身なのでいつも枝豆ばかり頬張って
いた。
「今月のボーナスいくらだったと思う?」
友人が茶褐色の封筒から給与明細を取り出す。
突きつけられた明細の数字を見て僕は思わず生ビールを
吹き出した。
総支給額10000円・・・色々差っぴかれて9000円強・・・。
「ここの正社員なんて、みんなこんなもんよ。月給だっ
て手取りで15もいかないよ」
VIPユーザのクレームさえ我慢すれば、確かに仕事は楽
そのもの。だけど、こんな給料じゃあまともに食べてい
けやしない・・・。派遣のボクでさえ月に20弱。上司がお昼
に、毎日自動販売機から菓子パン二個を買っていた背景に
はこんな事情があったのか。
普段は恐い人だったけど、無駄に広い食堂の隅っこで、
子供の写真を取り出しつつ、アンパンを頬張る氏の姿を
見るうちにボクはいつもいつも、せつない気持ちになっ
ていた。
「馬刺しなんて滅多に食えねえよ。枝豆と軟骨カラアゲ
どまりだなあ」
友人がメニュー表の800円の馬刺しを眺めつつ、うらめ
しそうに呟いた。
***
毎日が会社と家と庄屋の往復だった。
週休二日、18時上がりで時間はたっぷりあるというに、
その頃のボクは自分で映画なんて作りもしなかった。
近づこうとすればするほど遠ざかって行った夢・・・だが
そこから一旦離れて全く別の仕事をしてみるとさらに
遠ざかってゆく夢・・・
どうして良いかわからず、たまにシナリオコンクールな
どに応募したり、映画会社へ企画書を書いて郵送してい
た。
赤いポストの前で、手を合わせ祈るような気持ちで投書
を続けていたが、一時審査すら通らず、自分の不甲斐な
さに飽き飽きしていた。
「こんなに努力しているのにどうして報われないんだ」
あきらめなければ夢は叶うとは思わない。だけど、せめ
て一歩前進だけでも味わいたい・・・なんて思いつつ、早く
あきらめきれればどんなに楽になるだろうに・・・と思う
気持ちもあった。
だからある日、深夜のテレビ番組から流れた岡村孝子の
「夢をあきらめないで」を聴いてしまい、無意識のうち
にビアタンブラーをブラウン管に投げつけていた。
スイッチを消しても、遠くのほうで「あきらめないで・・・」
がこだまする。
不安は募り、渋谷センター街で買った合法ドラッグの液
体をティッシュに浸し、鼻から吸って感覚を麻痺させた
りもした。ラリったまま外へ出て奇声を発しながら走っ
たことさえあった・・・。
その頃のボク。朝起きる度に地獄のような気だるさと辛
さに襲われ、死んだ魚のような目をして職場に行き、自
殺を考え、そして2ちゃんねるの、高学歴無職スレッド
なんかを毎日のように読んでいた。
名前:名無しさん@
「受験勉強で得られたものなんて、無駄な知識とつまらな
いプライドだけ・・・」
同感だった。
休日はというと、4リットルの焼酎ボトルを手にし、ネ
ット麻雀などをやりつつ、ひたすら一人酒。楽しくは無
い。だが、何かをし始めるのも面倒くさい。布団にくる
まり、このまま永遠に目が覚めなければいいのにって、
毎日のように思ってた。
そんな状況の中、鬱なのかどうかすらわからなかったけ
ど、ある夜小汚い定食屋で一人カツカレーを食していた
ら、全く味を感じられず、そして、ココロの中にドーナ
ツみたいにポッカリと穴が開いたような感覚に陥り、そ
のまま、精神科の扉を叩いていた。
20項目ほどの問診表にチェックを入れまくり、医者に
手渡すと彼は2秒で「鬱ですね・・・」と呟いた。
***
アモキサン、アナフラニール、リスパダール、アーテン、
リーマス、テトラミド、ハルシオン、ワイパックス・・・
これが、ボクの当時飲んでいた処方箋だ。
色とりどりのカプセルは、宝石のように思える。
その昔、友人とビー玉やガラス細工を持ち寄り、宝探し
ゲームに熱中していたボクだが今となっては、こんなザ
マ。
初めて薬を飲んだときは、少しだけ気分が楽になったよ
うな気がした。うまく言えないが、なんとなくフワッ
とした気持ちになり、飲んでないよりは飲んだほうがマ
シというぐらいのレベルだろうか。
だが、薬の副作用で過食になりボクの体重は10kg増。
職場の人間に「なんかデカクなったなぁ」と笑われる
始末。
そして、初めは効いていた薬も耐性のせいか、次第に
効果が薄れ、徐々に徐々に強い薬へと化していく・・・。
この頃のボクは完全にイカれていた。
合コン帰り、好きな女の子に告白し、道端でフラれた
あげく、終電を逃し、なぜかそのまま新宿二丁目へ。
少し酒に酔ってはいたものの、意識はあった。その
わずかな意識の元、フラフラの足取りで、人垣のでき
た方向を目指す。
そこには、ゲイバーがあった。多国籍な男たちがビール
片手に談笑している。一部、ゲイ好きな女性や、レズビ
アンも混じっていたがその大半が屈強な男たち。
一人でハイネケンを煽っていると、黒人の男に声をかけ
られる。
「オゲンキデスカ?」
つたない日本語を話す大男。
顔は恐いが、言動は優しい。
「サムクナイ?」「ビールモッテコヨウカ?」などと
仕切りに気を使ってくれるのだ。
周りにいた彼のゲイフレンドにもボクを紹介してくれた。
「オモシロイトコアルヨ。イッショニイコウ」
ビール一杯をごちそうになった後、ボクは何のためらい
もなく彼の後を追っていく。
交差点付近で手を握られるも、黙ってされるがままに。
そう、ここは新宿2丁目なのだ。
ネオンの一角から離れ、小路に入ると、そこには公園が
あった。夜の閑散とした公園のイメージとはほど遠く、
そこにはまばらながらも、ベンチに腰掛ける男性カップル
たちの姿があった。
申し訳なさげ程度に生えた木陰まで、彼はボクの手を
引き、そこにつくと、おもむろにズボンのチャックを開
いた。
何の得にもならないことはわかっている。
逃げようと思えば逃げられることもわかっている。
だが、その時のボク。
ひたすら惨めな自分を感じたかったのだろうか。
どうでもいいやという投げやりな気持ちだったのだろうか。
自虐を楽しめるほどの冷静さはなかった。
ただ一つ、ココロの中の寂しさを何でも良いから埋めてくれ
という気持ちはあった。
ほとんど無意識のうちに男の肉棒を口に含んでいた。
味はしない。だが、ヌメッとした感触が気持ち悪い。
普段小奇麗に整えた美人が、こんな気色悪い作業をして
いるかと思うと、ゾッとする。そう感じたのはボクが紛
れもなく男であるからだろう。
上顎を前後しながら見上げると、男は宙を見ながらまど
ろんでいた。その姿が滑稽でもあり、「こんなオレでも喜ん
でくれる人がいる・・・」そう思うと、少し満たされるような
変な気持ちになった。
やがて口の中に白濁色の苦汁を出されたボク。
そのままティッシュで口をぬぐっていると、いつの間
にか男の姿は消えていた。
その後のボク。
口直しに何度もビールを煽り、フラつく足取りでコンビニ
へ行き、ノートと、マッキーを購入。
ノートのページをめくってマッキーで書いた一言。
「誰かボクと付き合ってください」
そして、そのノートを持ったまま道の隅っこに横たわる。
誰でも良かった。どうでも良かった。
自分を愛してくれる人を見つけたかった。
それが、たとえ男であっても・・・。
あの頃のボク。
毎晩、自ら火の中に素足で飛び込んでいたようなものだった。
それを快感に思えるほどの開き直りはなく、中途半端に、
そして、誰も見ていない舞台裏で一人悲劇のヒロインを演じ
続けていたのだ。
ガリ勉という過去のトラウマ。そこから一発逆転をねらって
再起をかけるも、夢かなわず生き溺れていく・・・。
こういうケースは決して珍しいことではないらしい。
それは、後になって知ったことだが・・・。
新宿2丁目 AM3:00
夜風の冷たさなんて感じる余裕もなく、涙なんて流れやし
なかったけど、可笑しくもなく、通りすがる人々の笑い声
を耳の奥で聞きながら、混雑した都会の道なりで、木っ端
のように流されちまえばいいや・・・そんな風に思っていた。
やがて、アルコールと共に意識は遠のき、雑踏が心地よい
子守唄のように聴こえるまでに、そう時間はかからなかった。
続く・・・
by 雑魚ゾンビ
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