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さらばガリ勉の日々よ 第6回
〜ハケンな時代〜 |
部屋で途方に暮れていたボクの前で、映画「THE
BEACH」の
デイカプリオが、美しい海をバックに微笑んでいた。
椅子に座って、マウスを動かすとディカプリオの笑みは
消え失せ、YAHOOのトップページが現れた。
「THE BEACHかぁ・・・そういえばボクも昔、貧乏旅行してたっけなあ・・・」
大学時代、ボクは何かに取り付かれたように旅を続けていた。
そこには、「自分探し」などという大義名分は無い。
ただ、初めて訪れる地でのシゲキ、知り合う人々、それに
夜の街に漂う、ドラッグとSEXの香りは、当時のボクを執拗に
魅了し続けていた。
既に、得るものも無い合コンに行って、可愛い女をチヤホヤするぐらいだったら、
海外の名も無きエリアで、名も無き女をはべらかせた方が、ずっとイイと、当時の
ボクは割り切っていたのだ。
コンビニ夜勤に、佐川急便、果ては人間モルモットまで・・・かき集めた金を、
ボクはエイチアイエスに注ぎ込み、そして余った金を未開の地のナイトスポット
で散らつかせるアソビにのめり込んでいった。
部屋の壁には、500円ショップで買った写真入れに、旅行写真の数々が
収められている。あん時のボク、少なくとも今のボクの数倍は楽しかった。
「p-a-r-a-d-i-s-e」
THE BEACHで、デイカプリオがやったみたいに、ボクは検索キーワード
を叩いてみた。
表示された結果は、未開の楽園でも、美しき秘境でも無く、
どこぞの有限会社や、アダルトサイトの広告・・・。
「これが、ゲンジツだよ・・・」
なんて、感じながら、ボクはふと、あるキーワードを入れてみる。
「ゲ-ス-ト-ハ-ウ-ス」
ゲストハウス・・・バックパッカーが滞在する安宿を意味する。
有名なタイのカオサン通りに始まり、インドのメイン・バザール、
ベトナムのファングーラオ通り、イスタンブールのコンヤペンション、
カンボジアのタケオ、シドニーのキングスクロス・・・
安宿は数多し。
長期滞在の「沈没組」、半年労働半年休暇、日本からの「外こもり組」、
一夜限り、小旅行のリュックサッカー・・・。
小汚い屋根の下、語り明かす話題は尽きない。
互いに持ち寄った材料で、安料理を作り、それを肴に、生ぬるい
瓶ビールをかっ食らう。
旅の魅力の一つは、ゲストハウスだと言っていい。
そんな雰囲気が懐かしくもあったボクは、そのキーワードを叩き、
驚くべき感想を得る。
「え!?日本にもゲストハウスあったの?」
これを書いている、2006年秋。
テレビなどでも紹介され、ゲストハウスが次第に知られるようになってきた。
だが、3年前の当時、ゲストハウス自体はあっても、その存在は、
日本在住の外国人が「ガイジンハウス」と呼ぶ程度であって、
その知名度は低かった。
「日本にもゲストハウスがあるんだぁ・・・」
調べてみると、日本のゲストハウスの多くは、古い民家や、
会社の寮などをリフォームしたものらしい。
1泊〜滞在できるものもあれば、1ヶ月〜の長期滞在用の
ものもあるらしい。
もちろん、敷金礼金無し。
日本人と外国人が入り混じった、その空間には
どんな楽しい世界が待っているのだろう。
ボクから「映像」を剥ぎ取ったら、「エロス」と「旅」
が残るのみ。
しかし、「エロス」はAVの仕事でコリゴリ・・・。
そんなボク。
次の職場を「ゲストハウス」に定めた。
***
面接に行くと、あっさり「蒲田」でゲストハウスの管理人を
やることが決定した。
24歳で管理人・・・その響きが何となくおもしろくて、
ボクはすっかり舞い上がってしまった。
仕事は、家賃の回収と掃除、雑用など・・・。
(楽勝!楽勝!)
しかし、問題もあった。
住み込み管理人は家賃無料のみで、給料が出ない。
おまけに、仕事開始までに、あと二ヶ月ほどもある。
(とりあえず、仕事だな・・・)
そう、割り切ったボクは、求人サイトを開き、
周辺エリア、未経験歓迎、年間休日120日以上、私服OKで検索・・・。
メンドクサイので、出てきた表示結果で一番上に出てきたものをクリックし、
電話連絡→面接合格→翌日から出勤・・・と、相成ってしまった。
与えられた仕事は「テクニカルサポート」という聞き慣れない
ものだった。
***
「どこが私服じゃ!どこがテクニカルじゃ!」
初出勤のスタートは、そんな雄たけびから始まった。
独居房のような喫煙室で、ボクは一人セブンスターをふかしている。
職場は平和島駅近くにあるコールセンター。
某メーカーのPCやプリンタを買ったユーザーが、
電話をかけてくる。
ワードの使い方から修理依頼、クレームまで問い合わせは様々。
スーツ姿の面々が、インカム取り付け、電話対応に忙しい。
そこで、一人、研修身分で私服の男。
紛れも無く、小生である。
「私服姿の面々の中、一人スーツの新人」なら、
さして珍しくも無く、「頑張ってねえ」なんて初々しい光景でもあるが、
「スーツ姿の一群の中、クシャクシャの茶髪にジーンズとサカゼン特売の
パンクシャツ」のニューカマーなボク。
常識が無いのは当時の僕も然りだが、「私服OK」で公募した
このキギョウもジョーシキがねえ!
だが、このままバックれると、インスタント食品生活、ないし、
「かばやきさん太郎」をおかずに、白飯を喰う生活を
強いられるだろうボクは、黙って座学を受けることにした。
***
研修部屋には30人強の同期が座っている。
半分ハケン、半分社員。
だが、年収にすると、ハケンの方が1.5倍で上回っているのだと
いうから、今の時代よくわからない。
(ま、ハケンで良かった。ホッ。)
そんなことは置いといて、約70%が「我生涯電子計算機愛」
というような、オタク風の人々。
果たして、サカゼンなボクは彼らと友達になれるのだろうか。
いや、彼らが、ボクの友達になってくれるのだろうか。
ガラガラガラ・・・
「こんにちは!」
杖を突きながら、マスクをした初老の男が現れる。
「みなさん!お客様は神様です!第一声目は、ありがとうございます
で始めましょう!ありがとうございま〜す!!」
・・・。
どっかのトラックがガガガガアと唸り、ソレが7Fの窓からも
聞こえるぐらいの静けさ。
上は45から下は19までのダメ生徒なボクら。
ほぼ全員スーツ姿の中、一人、パンクなボクはアクビをし始めた。
「えー、では。自己紹介を。講師のMです・・・」
ズルッ!
(おいおい!せめて、声が小さいですねえ・・・とか言って
コッチに耳を傾ける仕草をしろよ!)
定時制高校の中、まるでタチの悪いヤンキーの様に、
ボクは一人シラケきっていた。
講師のM(命名マスクマン)が、接客用語からホワイトボードに
書き始めた。
「ありがとうございます」「申し訳ございません」「恐れ入ります」・・・。
「ありがとうございます」の「あ」が、「め」にしか見えない・・・。
(おいおい、一体オレはどうなってしまうんだ・・・)
・・・つづく
by 雑魚ゾンビ
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