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さらばガリ勉の日々よ 第3回
〜ピンクな時代〜
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某駅改札をくぐると、ボクは指定されたスチールスタジオ
まで地図を持ってテコテコ歩いていた。
閑静な住宅街に茂る緑の木々。
本当にこんなところが、エロスの世界への入り口なのだろうか?
代官山で面接を受けたボクは、その日のうちに
内定をもらう。
面接は意外なほど平凡で、「どんなAV撮りたいの?」
とか「監督志望?プロデューサー志望?」とかその程度だった。
もちろんボクは監督志望と答えたのだが。
それにしても、会社もロクに見ないうちに、いきなり
AVのスチール撮影だなんて・・・。
白を基調とした南欧風の立派な建物。
入り口で、スタジオアシスタントらしき若者に
「おはよーございまーす!」
と声をかけられる。
Welcome to the 体育会系 World
ボクがもっとも苦手な世界へ
再びカムバックしてしまった。
いすに腰掛けていると、次々関係者らしき人が
入ってきた。
長髪のおばさん、カウボーイハットのチョイ悪風
オヤジ。そして、筋肉隆々短髪血の気の荒い…
男優かな?
わけもわからず観察していると、最後にサエナイ
アキバ男がやってきた。
「あ、どうも。ボク、プロデューサーです」
アキバ男はどうやらボクの会社の先輩のようだ。
いまだニキビ跡の残る顔。デップリとした腹。
何かが棲んでそうなクシャクシャな頭髪。
短足、油気、訛り。
見るからにサエナイその男がプロデューサー
だというのか!
遠き故郷を捨てて
「一生童貞ならAVの方がマシやねん!」
と、大使を抱き上京してきた男だというのか。
BOYS BE ABNORMAL
少年よ 名器を 抱け!
失礼おば
そんなくだらない妄想をしているうちに、
下向き加減で若い女性が入ってきた。
うす汚れたGジャンに、ジーンズスカート。
澱んだ目に長い髪がモサッとかかっている。
だが、元は悪くない。
幸の薄そうな美人、といったところだ。
「本日のモデルの○○ちゃんでーす!」
アキバ男が薄幸美人を紹介した。
×××
スチール撮影は淡々と進む。
マッチョな男は男優ではなく、カメラマンで、
調子のいい言葉を浴びせながら、次々シャッターを
切っていく。
そして、濃い目の化粧をして豹変した薄幸美人が、
あっさりと、全裸になってポーズを作る。
それを「プロ」だと認識できるには、当時の
ボクには早すぎた。
ムスコはギンギン。エンドルフィン全開。
今、ここでボクが彼女に襲い掛かったら
一体どうなってしまうのだろう。
怖いお兄さんが家にやってきて、スポーツ紙の
一面を飾るというのだろうか。
レフ板を持って、たわわな乳房に接近したときの
ボクの心境は「チャンス!」というより「ピンチ!」
に近かった。
どうしていいのかわからない。
合コンにだって、こんな美女はそう滅多に
現れない。
撮影終了後、直帰のボクは駅構内のトイレで
射精した。
所詮、これがボクに与えられた運命。
掃除のおばさんの声が近くで聞こえたが、
そんなの気にならなかった。
×××
会社での主な仕事は、過去のビデオ撮影写真の
ポジを整理することだった。
たまに、女優のオムニバスものなどを制作するとき
に使うのだ。
バイブや、ローター、それに撮影用の簡易ベッドが
並ぶ地下倉庫。
ボクは80年代、90年代に一世を風靡した女優の
ポジを光に透かして眺めていた。
今頃大学時代の仲間は、上司にこき使われて
エグッテいるのか、先輩とIT業界の未来について
語り合っているのか。暑い中、スーツにネクタイか・・・。
ボクの仕事は裸の女を眺めるだけ。
正直、悪くない。そんな風に思っていた。
ポジ整理の仕事が終わると、今度はビデオパッケージ用の
スチールを選ぶ。
ルーペで眺めながら「これだ!」
と思う写真をいくつか選んで、プロデューサーに提出する。
同時に、ビデオやDVDのコピーも考える。
「そそり立つ肉棒が、桜桃色の秘部を貫き・・・」
そんな感じのヤツだ。
後は撮影スタジオの選出や、女優の面接・名前付け、
ビデオの企画、変り種では女優とのテレフォンSEX
も経験。
想像以上にクリエイティブな世界。
そして、自分の制作したビデオがレンタル屋に
並ぶたびに、不思議な満足感に襲われる。
「はは、オレ、誰かのオ○ニーのお手伝いしちゃったな」
×××
その日もいつものように、朝からルーペで
裸体鑑賞していた。
電話が鳴る。
受話器を取ったアキバ男の動きが止まる。
(ハハ、どうせまた、変なイタ電かな・・・)
AVメーカーに怪しい電話が鳴るのは日常茶飯事。
「○○ちゃんとやらせろー!」とか
「ボクと△△ちゃんは、友達なので電話番号教えて!」
という意味不明なものなら、まだ可愛い。
「ワタシはアンタんところのビデオに出演した××
の母親ですが、どうして、今、娘は映画女優に
なれないのですか!約束したじゃないですか!」
なんて、スゴイ電話がかかってくることもある。
AV女優を女優の登竜門だと勘違いしている人が多い。
実際、毎日のように
「女優になりたいんです!」
と、自分の出演歴(有名なドラマの名前だが、全部
エキストラだと思われる)を書いた履歴書と宣材
写真を送ってくる人がいた。
女優業。
魅力的な世界なのだろうが、何も全裸でエッチする必要は
無いのに。
普通に考えれば、そうなのだが、悪魔的魅力があるのも
事実。ボクの、クリエイティブ病も似たようなもんなの
だろう。
「トンダ!!!」
アキバ男がそう叫んだ瞬間、制作部は沈黙した。
「はい、それで、ペナルティがですね・・・」
例の薄幸美人が親バレして、廃業したらしい。
契約本数を撮り終える前にバックレると、女優の事務所は
メーカーに数百万円のペナルティを払わねばならない。
暗黙のルールだ。
田舎の親元に囲われた薄幸美人。
その後どうしているのだろう。
×××
会社には様々な人間がいた。
アキバ系や、元劇団員、元テレビディレクターや、
ボクと同じ自主制作上がり。
「AVは社会悪」と言い放ち、ボランティア活動に
熱心な人。
天皇暗殺用と書かれた七味唐辛子を、大事そうに
持っている人までいた。
そして・・・
「てめえ!ホントは女とやりたいだけなんだろ!」
ドSの役員兼プロデューサー。
ボクは、毎日彼にいびられ続け、ネタにされていた。
出社すると、毎朝PHOTOSHOPで加工されたボクの
写真が会社中に張ってある。
「ガッハッハ!今日の出来は最高だな。」
仕掛けているのは、ドS野郎。
「おまえ、ウ○コ食いたいか?」
なんて本気で言ってくるが、元々は有名な
映画プロデューサーだったらしい。
何でも、調子に乗って制作した作品で、役者や
スタッフにそのワンマン振りを嫌われ、制作は中止。
その借金を全部押し付けられた過去を持つのだとか。
嘘みたいな話だが、本当らしい。
それが、このギョーカイ。
そんな様々な人の中でもボクを気に入ってくれたのが
プロデューサーのMさんだった。
毎日トンカツだの、大盛りラーメンだの、何でも
好きなものを奢ってくれる。
ある日、いつものように、Mさんと飯を食っていると
思いもよらぬ話を持ちかけられた。
「なあ、ビデオ出てみんか?人が足りんくて・・・
AD兼男優ってことで。」
遠い昔、這いずり回ってエロ本を探し、友達の兄貴の部屋で
銀縁眼鏡の奥底からエロビデオを眺めていたボク。
こんなに早くも、その世界に足を踏み入れてしまうのか。
田舎にはばれないか。
彼女には言うべきか。
そして親には・・・
いろんなことを考えたが、決断は早かった。
そうだ、そもそも自分探しなのだ。
落ちるとこまで落ちてみよう。
「お願いします!」
ボクはそう言ってビールを一飲みすると、
Mさんは静かにうなずいた。
・・・つづく
by 雑魚ゾンビ
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