ベーカリーレストラン「S」の視察に岡山へ。
早朝始発電車でまず東京へ出て、そこから新幹線。
岡山駅に集まった出店希望者は10名。
情報仲介業者の社員に引率されて市内各地の店鋪
を回る。

焼き立てのパンがおかわりし放題のレストラン。
香ばしい香りが購買意欲をそそるベーカリーショ
ップ。
どこも大勢のお客さんで賑わっていた。

店鋪視察の後は、郊外の本社へ。
ここで副社長の話を聞きながら、希望者は後日行
われる個別面談の日程を決める。

また岡山まで来るのか・・・

悩んだ・・・悩んだけれど結局申し込んでしまった。

翌週、また始発に乗って東京へ。
今日の面談は午後3時から。
時間的にはこんなに早く出発する必要はないのだが
今回はもう一つ大きな目的があるのだ。
それは、尾道に行くこと。

尾道・・・岡山から少し足を伸ばした所にある海と
山にはさまれた迷路のような町。
俺の好きな大林宣彦監督の映画の舞台だ。
「転校生」「さびしんぼう」などの作品に胸を焦が
された中年にとって、心の故郷のような町。
ここの高台から海を眺めながら、これからの人生を
考える・・・

尾道へ行くのはこれで5回目。
この町に迷える中年として入るには、それなりのこだ
わりが欲しい。
新幹線は福山で降り、そこからは在来線で行く。
決して新尾道まで乗ってはいけない。
福山を出た在来線は何の変哲もない風景の中を進んで
行く。
それが尾道に近づくと、急に線路がカーブして目の前
に海が広がる。
尾道水道だ。
そして右手には急斜面にへばりつくように建つ家々。
やがて電車はホームへ。
駅前に降り立てば磯の香りと汽笛が聞こえる・・・

「ああ・・・帰って来たなあ・・・」

もう旅人気分最高潮だ！

旅人の俺は駅前アーケードを通り、とある店を目指す。
「K」という蒲鉾専門店。
その日作られた商品が売り切れたら店じまい。
出来たての美味しい物だけを提供する。
その姿勢から学ぶべき事は何か・・・

運よく蒲鉾を手に入れる事が出来た俺に、店員さんは
さりげなく話し掛けて来る。
これから岡山に寄って山梨まで帰る事を告げると、保
冷剤を詰めた容器に蒲鉾を入れて持たせてくれた。

再び旅人になりきった俺は路地をぬいながら高台を目
指す。
桜の名所、千光寺まで登り、そして振返ると目の前に
広がる瀬戸内の島々・・・

このまま、また安易にフランチャイズに加盟していい
のか？
マニュアル通りにやれば誰でも出来る商売。
そんな物よりも、蒲鉾屋で見た商売の本質。
そう、「こだわり」を売る。
それこそがこれからの進むべき道じゃないのか・・・

自問自答しながら、だんだんと俺の気持ちは固まって
いった。
そして再び岡山へ。

きちんとこちらの考えも話し、また何か縁があったら
と伝えて先方の会社を後にした。

帰りの新幹線の中。
手に持った「こだわり」の重さを感じながら、家路を
急ぐ俺がいた。

つづく

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