1990年前後・・・
この国に、悪名高きバブル経済の時代がやって来た。
土地も株もなんの根拠もなく値上がりし、にわか成金を
生んでゆく。
祖父の代からの土地でコンビニをやっていた我が家にも、
ある日突然、大手都市銀行の担当がもみ手をしながらやって来た。
「社長さん、お宅の相続税お幾らかご存知ですか?
もし今おじい様が亡くなられたら、大変な事になりますよ。
ここは大きく借金をして、相続対策としてビルを
建てられたほうが絶対にお得です。
うちにおまかせ下されば、全てうまくやりますから。」
当時店の裏にある住まいに、祖父母、両親、弟そして
我々夫婦と7人で暮らしてた我が家にとって、それは青天の霹靂
だった。
住まいも他に新たに求め、今の土地は全部ビルにして
賃貸にまわす・・・
「全部事務所にして貸せば、お店なんかやらなくても
充分食べていけますよ。
新しい住まいも、うちの方でお探ししますから。
土地は限りがあるんですから、絶対値下がりしませんよ。」
今考えればおかしな話だ。
だけど当時は日本中がうかれた気分になっていた。
確かにもし相続が発生したら、高騰した土地による莫大な
相続税なんか払えるあてもない。
しかし、いくらなんでもその話はうますぎた。
たまたま付き合いのあったもっと小さな銀行に相談した
ところ、ずっと堅実なプランを提示してきた。
大手都市銀行の全室事務所ビルに対して、ワンルームマンション
を主体にした手堅い計画だ。
収益性ははるかに落ちるが、この方が確実な気がして
結局こちらを選ぶ事にした。
結果的にこの選択のおかげでバブル崩壊の荒波を乗り越える
事が出来た。
うちの建物が完成して数年後、突然の如く土地の値段が
下がり始めた。
いや、決して突然ではなかったのだ。
予兆はあったのに、誰も目を向けようとはしなかった。
実体のない幻の上で、うかれて踊っているのが幸せだと
誰もが勘違いしていたのだ。
これを機会に、コンビニは後から出店した1店舗だけにした。
なぜか2店舗続けてゆく気になれなかった。
実は自分でも気がつかないうちに、体調を崩していたのだ。
子供も生まれ、毎日夜中まで働く生活が続く中で、
肉体的にも精神的にも、限界がきていた。
そんな毎日の中、たまたま出かけた本屋で出会った1冊の本。
そう、その表紙には緑豊かな森に囲まれた小さな家のイラストが
描かれていた。
幸せな家族が住んでいそうな、赤い三角屋根の家・・・
「これだ、これしかない!」
俺は夢中でその本を手にしていた。
つづく
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