こう見えて私はお人好しなのだ。
素直だし小心者だし馬鹿で不器用なのだ。
こんなにも私を憂鬱にさせた3分の1の相手。
それは私が当時キャバ嬢として働いていた店の客で、
足の悪い、30すぎの人だった。
生まれつきではないらしい。たしか事故。
完全に歩けないわけではないけれど、
移動はしゃがんだ状態のまま。
そのままの状態で歩いてた。
だからつまり、目立つ客。
私も何度かその男の席にはついていたが、
たまーに来ては豪遊する、
いろんなこだわりがあって気難しいタイプだった。
でもとにかくいろんな知識が豊富でね、
芸能人でいうと火野正平を若くした感じかな。
しゃがれたハスキーボイス。歌がやけにうまくて。
危うい人だったけど、魅力ある人ではあった。
私も別段悪い感情は持っていなかった。
恋人は超綺麗なソープ嬢なんだとか。
私は自分が結婚していることを、
いつかその男に伝えてあった。
ところがたまにしか来ないので、
後に私を単独で指名するようになったときには、
男の中でその情報が薄れてしまっていたようだった。
その男は一度に複数の指名をすることがあったので、
ごっちゃになってしまったのかも知れない。
だが私は忘れてるだなんてまさか思わなくて、
(あるいは忘れた振りだったのかも知れないけれど)
誘われたとき、冗談だと思ったんだ。
もし冗談ならば真面目に返すのは野暮だ。
だってここはそういう言葉遊びを楽しむところだから。
だから適当に肯定して流してしまった。
そしたらいきなり本気のトーンになり、
ぶっちゃけ、かなり脅されモードでアフター。
どうにか断れないものかと計っていたが、
結局言い出すタイミングがないまま、そうなった。
キレたらやばそうな人だったから恐かったんだ。
客と寝たのはそれが初めてだった。
けれど、こういう気持ちになるのは初めてではなかった。
私にとって人生2度目の、心から不本意な関係。
トラウマ2号だ。フラッシュバック。
遠い過去の癒えない傷がぶり返して、
私は泣いた。わんわん泣いた。
・・・つづく
楠本 真夕 (くすもと まゆう)
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