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Desigin : OFFICE ROAR


パリ、鹿児島、テキサス


◇◇◇


Vol.8
虫歯文学 掌編「敗者たちの歯医者」







 〜いいじゃない、傷ついたって。
楽しかろうと苦しかろうと、それが人生なんだもの〜岡本敏子




これ13段なんじゃないの?と毎度、考えてしまう。
そして数えながら階段を上がると18段ある。ホっとした途端にいつも自動ドアが開く。


受付が下を向いたまま「こんにちは」と言う、臆病がバレないようになるべく明るく「こんにちは!」と返す。待合室には二人掛けソファと一人用の椅子があり、僕はいつも窓側の二人掛けに座る。完全予約制のため、1分後に名前を呼ばれるここが虫歯の痛みと闘うことを放棄した者たちの流れ着く墓場なのだ。この1分間で心の形をどこまで整えることが出来るか、つまり心に巣食う弱虫を何割除去出来るかが最初の山場だと決めつけていて、瞑想。だいたい6割のところで「こちらへどうぞ〜」と助手が邪魔をする。くうっ。心持ち半ばの状態で墓場から戦場。




手前から順に1か、2か、3か、今日はどこの椅子に座らされるのか、すでに診療は始まっている。一番奥の3の場合、靴を脱がなければならないし隣りの白壁の圧迫感もなかなかのもの、心細い。僕にはそこが似合わない。手前の1の場合、万が一診療中に悲鳴を上げてしまえば待合室の民衆の耳にまでその情けない声が届いてしまう。帰り際に恥ずかしい。「キキキ、アイツや、あの声の主。うわあだってさ、うわあ。キキキ、一丁前にヒゲ生やしてやがるぜ。うわあのくせに。キキキ」などと思われているのかと思うと、診療後、即死したい。だから2がいいのだ。靴を脱ぐ必要も壁の圧迫も外野の耳も気にならない2がいい。そして「はい、こちらへお座り下さい」と、
1に連れて行かれた、ぺぺぺぺぺ、耳か。




Cocco似の助手が前々前回から僕の担当についているのだが、よりによって新人だぜ。
挙句、器用ではないタイプのようでいつも僕の臆病心を震わせる。
小さな水しぶきを噴出させる器具がある。口の中をシャアっと洗ってくれるのだが、毎回、水しぶきの噴出を止めてから外に出して欲しいのにCocco似はそれが出来ない。
水しぶきを出したまま口から取り出すお陰で水しぶきが顔中を踊る。冷たい。冷たいけど何も言えない。そもそも僕はちょっとドジで不器用な女性がタイプなので大目にみている。Cocco似が顔を拭く。女性だけに関わらず、例えば人生も、少しだけ間抜けで下手クソな方が味わい深くて愉しい気もする。なんてことを考えているうちに先生が来た。




「こんにちは、今日は奥歯を抜きますね〜」と、マスクの下でたぶん微笑んでくれている。「はい、じゃあ麻酔しま〜す」と、陽気を気取って僕の中の弱虫を騒がせない戦法なのだ、心強い。心強いけど麻酔は痛い。そしてフラッシュバック、追憶の日々。12年前の大阪。




雨、阿倍野の雑居ビル2F。3日続いた歯の痛みに耐えることを諦めた僕は授業中なのにも関わらず右手を天に突き上げて「限界です!歯医者に行ってきます!」と高らかに宣言して教室を離脱。右手を上げたまま、すぐ隣りの歯科医院に掛け込んだ。カビと、涙の匂いが充満する薄暗い病院だった。待合室で数分待たされて現れた歯科医がまた目を疑うほど度を越えたジジィで、案の定小刻みに震えていて、人間ラジコンじゃないか、どこかで誰かが操作してやがる!と疑い、辺りを見回してしまうほど混乱しながら診療席に着いた。今、思えばこの時点で正しい判断をして別の病院に行くべきだったのだが、僕は若かったし外は雨だった。




人間ラジコン・ジジィから「痛かったら左手を挙げてくだふぁいな」と言われて挙げた左手を脇の助手二人に抑え込まれたとき、北極と南極が入れ替わって自由の女神が逆立ちをして通天閣が縮んで鼻から吉本新喜劇のテーマが鳴り響いた。「洒落になんねえよ!」と叫んで立ち上がり「もういい!」と言い放ち受診を放棄、その後は早足で帰宅してポルノをビデオデッキに押し込んで、怒りと、涙の代わりに精子を出した。フラッシュバック終了。あの日が、つらつらと今日に繋がっていたのね。




Cocco似がまた些細なミスをしている。ライトが顔面に近過ぎる。日サロか。すぐさま先生が「近いわね」と言いCocco似が謝る。嗚呼、可哀想なCocco似。数分、放置されて麻酔が馴染むのを待つ間、ポケットから文庫本を取り出してそそくさと物語に身を潜める。
2pほど読み進めたところで先生が帰ってきて「あら、本が好きなのね」
「ふぁい、ふきでふ」と僕。
麻酔が効いて会話も出来ないほどに完成。
「じゃ、抜きま〜す」と先生。




神と両親から授かった大切な奥歯を、わざわざ金を払って抜いてもらう行為の侘しさといったらねえな。耳の内側に鈍く響くゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ、バキィ、バキバキ、ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリという奥歯の、別れの抵抗が憎たらしい。「癒着が強過ぎて、抜けませんねえ」と先生。気を逸らそうとすればするほど、関心と、好奇心と、精神的マゾの悦びと、奥歯への名残惜しさが働き、その
音と、ゆっくりと舌を這う血の味を、クリアに認識してしまう脳。少しずつ、削りながら砕きながら、穏やかに展開する真冬の悪夢のような診療は続いた。




1時間半が経過して、顎が限界に辿りつく頃、困難な診療が終わるともに安堵感が降って来た。身も心もホロロになりながら「ふぁりがとうございました」と先生に告げると、
「どういたしまして」とCocco似が答える。
君は大して何もしていないのだが、君のそういう所は好きだよ。その後、
レントゲンで残骸の有無をチェックして仕舞い。鎮痛剤と抗菌剤を処方されて清算。
次回の予約を決める際、正直、一休みしたい心地なのだがあまり間隔を開けて受付から「けっ、臆病風に吹かれやがって、愚かなヒゲ&メガネさんですこと
と見透かされてしまうのも癪なので「明後日で!」と答えた。僕の中の眠れる獅子が臆病風に晒されながらもそれに背を向けることなく、しっかりと前を向いて立っていることを思い知ったのか「はっ、はい!」と、いつもクールな受付が慌てていた。ははは、侮るなと言いたい。ただの臆病な古本屋だと思ってナメていると低温火傷するぜ。歯科医院に通う今の私はオズと出逢った後のライオンだぜ。歩く勇気と呼んでもいいぜ。今なら虹の上だって歩ける気がする、もはや無敵だ。無敵艦隊だ。スペインだ。「チャオ!」と言い残して外に出た。




血の味を転がしながら帰宅して早々、誇らしげに口を開けて抜歯の跡を妻に見せると「レバーやないか」と呑気な調子で言われた。イヤな例えだと思った。あと、歯科医院で流れているキャンディ・キャンディのテーマ(ヴォサノバ風)もイヤだ。どうにかして欲しい。そばかすを気にしながら唄っている感が全開でいじらしいのだ。たまに、鼻唄でそれにのるCocco似に関しては何も言うまい。例えば人生も、少しだけ間抜けで下手クソな方が味わい深くて愉しい気がするから。









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山下 誠一朗 酉年 鹿児島在住

BOOKS SMILE & CDs 店主
@ GOOD NEIGHBORs

好きな映画「パリ・テキサス」「ランブル・フィッシュ」「ブラック・スネーク・モーン」
好きな作家「宮沢賢治」
「久生十蘭」「ホルヘ・ルイス・ボルヘス」「向井豊昭」「町田康」

嫌いな物語「アリとキリギリス」「ウサギと亀

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