2007/4/1
更新! |
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#YEAR 5
自由になる為に、自分を裸にするんだ! |
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自由って何だろう?
どうしたら人は自由になれるんだろう?
日々、どこかでこんな議論がされてる。
でも僕の中での自由は明快。
それはどの人に頭をさげるかの自由。
これが、これだけが昔から心の底から欲しかった。
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僕はヘドの出そうな幾多の会社、幾多の仕事を通りすぎてきて何年か前にこう決めた。
そして望んだ。
自分が心から尊敬する、納得できる人だけに頭を下げて生きてゆきたいと。
そしてそれを今はラッキーにも実現出来ている。
今の僕は明らかに正しくないと思えるもの、人の仕事は絶対に受けないし、頭なんか下げやしない。。
はっきりと断る。
そのかわり、本当にこの人は素晴らしい、尊敬できるという人には心の底から頭をさげるし、心を尽くす。
でも、こんな簡単なことがサラリーマン時代には絶対に許されなかった。
そうだろ??現役諸君。
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こんなことを言うと良識派の人から眉をひそめられるかも知れないけど、この世にはどうしょうもない奴、やっぱりいるよ。
自分では勝負できないくせに、組織の中だけで上に弱く、下に強い。そんなどうしようもない野郎がまあ大体、どんな組織にもいる。
僕はそいつらの顔つきがどうしても好きになれなくてね。
きっとそういう感情が顔に出るんだろうな。
向こうも僕を嫌って、そうとう苛められた。
例えばこんなのザラだったよ。
プロジェクトの打ち上げに僕だけ呼ばれない。
わざと間違った数字の書類を渡され、あとでそれをもとにトラブルとなる。
まったく嫌がらせとしか思えない雑事を夜中やらされる。
正直に言うけど、その時は殺意が湧くのを自然に感じたのを覚えてる。
タクシードライバーのトラビス状態だね。
危険だった。
その鬱屈した思いを夜の酒場でなんとか慰める。
一人酒場の片隅で強い酒を飲む。
これはさ、今だから思うけどさ。
死人だよ。
生ける屍だよ。
ゾンビたちの酒場。はは。ゾッとしないね。
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とにかくそんな日々だったから、僕は心の底から自由を、笑いながら生きる方法を知りたかった。
でもそんな簡単には見つからなかった。
色んな本を読んでみたりしたけど、どこにも答えはなかった。
だから仕方なく死人みたいな顔をして会社に行ってた。
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そんな日々の中、僕は広告業という世界の風潮から、様々ないわゆるフリーランスと呼ばれる人々に出会う。
フリーのライター。フリーのカメラマン。フリーのプロデューサーとか。
僕はずっと彼らのことを見ていて、羨ましくて仕方がなかった。
ネクタイなんかしてないし、皆、思い思いの好きな格好で仕事してた。
そしてなにより皆、笑ってた。
プライドに満ちていて輝いているように見えた。
ある日、僕はそんなフリーの人々に聞いてみた。
”どうやったらあなた達のようになれるのですか?”
大体の人は笑いながら、こう言った。
”やるって決めたらなれるんですよ。まあ、食えるかどうかは別ですけどね。”
僕はその言葉をフーンという感じで聞いていた。
でもこれはとても重要な言葉だったと今となっては思う。
そして、だいたい皆苦笑いをしながら、こう2の句をついだ。
”いやあ、どうにもワガママな性分で会社勤めが肌に合わないんですよ。。。”
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僕はこの言葉に、生きるヒントを見た気がした。
笑って生きている人は皆、自分に言い訳を一切していなかった。
そして自分の欠点を隠そうとしていなかった。
その頃の僕にはどこかプライドがあって、人間は会社員でなければダメなんじゃないか、正社員じゃなきゃダメなんじゃないかという思いがあった。
でも、そんなの大間違いだと思わされた。
サラリーマンできないなら、サラリーマンじゃなくたっていいじゃない!?
生きる方法は他にたくさんある!
そう思った26歳くらいの頃だった。
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#YEAR 5
僕がこの時に学んだもの。
自分の欠点を隠すのではなく、それを曝け出す。そこに笑える人生の入口がある。
人にはそれぞれ性格があり、その性格に至るまでの理由がそれぞれあると思う。簡単に言えば全ての性格に意味がある。それをちゃんと理解して自分の欠点をちゃんと向き合うと、実はそこに生きるうえでの最大のヒントが落ちている気がする。
例えば僕に当てはめて見ると、僕はずっと切れ者のビジネンスマンになれると思ってた。大学も出たしネクタイの似合う理想的な社会人に。
でもなぜか苦しくて苦しくて仕方がなかった。どんな仕事も上手くいかなかった。そして気づいた。自分はそんなタイプじゃなかったことに。
人生において最大の悲しいことは、自分の居場所を見つけられないこと。だけど今、自分の居場所がないという人。ちょっと冷静に周りを見渡してみて。間違えた場所で自分の居場所を探してない??
終わり。
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