Vol.1 『娘とナイフ』
2年とちょっと前に、僕は初めて父親になった。
そして4ヶ月前、守りたい命がまた1つ加わった。
こんな僕が父親になれる日が来るとは思ってもいなかった。
この日、子供たちがこの世で始めて奏でた音を僕は一生忘れないと思う。
大好きな音楽も聴かず、その時ばかりは子供たちの音の余韻に浸ったのを鮮明に覚えている。
どんなことがあっても頑張れる。頑張らなければいけない。そう決心した日だった。
そんな想いを持ってしても、そういう日は突然やってくる。
僕は自分の勝手な都合で、半年ほど前、娘にナイフを振りおろした。
この頃の娘は、初めて覚えた言葉「抱っこ」を巧みに操り、
自分の欲求を満たすことに見事成功していた。
当然、親の状況なんてお構いなしだ。
抱っこをして欲しいときに、とどこおりなく抱っこをして欲しいわけだ。
実に愛らしい。底抜けに愛らしい。
「あー任せろ。抱っこなんてお手の物だぜっ!!」と強く意気込む。
大サービスだとばかりに、なんなら家中を走り回る名馬にだってなる。
そうだ僕は君の大好きな特急電車なんだ。お乗り遅れのないようにご乗車ください。
ただし、そうも言ってられない日もあった。
そしてあの日、娘に僕は唐突にナイフを振りおろした。
「うるさいっ!!」
口が2文字目の「る」の形を作ったときには、すでに大きな後悔の波が押し寄せてきていた。
しかし、勢いよく放たれた言葉は止まるはずはなかった。
ナイフは1歳半ばの娘の胸を深く確実にえぐった。
僕を見上げる子供特有の濁りのない青みがかった透きとおった目は、
大粒の涙をこぼしながら悲しみに満ちていた。
きっと抱っこをしてもらえなかったからじゃない。
自分に放たれた初めて聞いた言葉の持つ殺傷力を理解し、父親の行動に悲しみ覚えたがゆえの目だ。
いや、自分に刃を向けた者へすがらなければいけない切なさに落胆した目だったのかもしれない。
僕はひどく後悔した。
愛する者に刃を向けてしまったことに。
忌み嫌う理不尽に権力を振りかざす者に近づいてしまったことに。
僕は娘を強く抱き寄せ何度もあやまった。
泣き止んだ後も何度も。
そしてひっそりと、ただ確かに誓った。
もうこんな目をさせてはいけないと。
後悔にさいなまれた時、僕の頭では決まってGREEN DAYのGood Riddance (Time of Your
Life)が流れる。
激しく音を掻き鳴らしたPUNKではない。
アコースティックギターで紡いだ芯の強い曲だ。
しかし、その音は紛れもなくPUNKだ。
僕が選択した道は正しかったのか自問自答する。
もっと他の道があったはずだ。
もっと他にやりようはあったはずだと。
そして、それを選択したことへの葛藤や後悔の末に、
導かれた試練によって学べたことに感謝する。
昨日、娘が僕にこう言った。
「パパ ビスケットここに入れてよ」
小さな手はズボンのポケットをつかみ、口を大きく開いていた。
後で洗濯するであろう妻のことを少しばかり気にしつつ、
ビスケットをポケットにあふれんばかりに詰め込み、
「そっか。あの歌は実話だったのか。」とニヤケながら僕は思った。
どおやら今のところ結末は正しいようだと。
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