大学のバイトは、新入生が使うことになる学生証の発行作業がほとんどだった。
来る日も来る日も、一人、黙々と学生証の発行を繰り返した。
新入生諸君よ。君達の学生証は俺が発行したんだ・・・と言いたいところではあるが、
仮に言ったところで、「だから何?」って話になるのはわかっているし、新入生と話をする機会もないだろう。
だから、学生証を全て発行し終った俺は自分で自分を褒め称える。
よく一人で発行したな、と。
新入生は全員で何百人いるかはわからないが、相当な枚数の学生証を一人で刷った。
一人の作業だったから気楽ではあったけれども。
4月下旬、大学に新入生が入学してきた。
バイトの合間に、何気なく窓から外を眺めると、
桜の木の下を歩く新入生2人が目に入った。
楽しそうに、話をしながら歩いている。
桜は新たな船出の演出にはぴったりで、4月に入学式があるのも頷けた。
その光景は、太陽の光でキラキラしているように見えるのか、
新入生の笑顔がキラキラしているのかはわからないが、
とにかく希望に満ちていて、先が見えない俺にとっては眩しすぎる光景だった。
俺も、入学した頃は、あんな感じだったのだろうか?
そんな4月限定のバイトも終わりを迎えようとしていたある日、
白髪ですらっとした柳生博似の就職部の職員が、
「元気かい?」と声をかけてくれ、ちょっとした世間話をした後に、一枚の紙を俺に手渡しながら、こう言った。
「この仕事、君のやりたいことに近いんじゃないかと思ってね。受けてみないか?」
仕事内容は福祉施設のソーシャルワーカーだった。
就職部の職員が言うように興味のある仕事内容だった。
ただ、少しひっかかるのは、その福祉施設が新潟県にあるということ。
行ったこともなければ、縁もゆかりもない土地。
「考えたいので、明日まで待ってもらえますか?」
そう返事をし就職部の職員と別れたが、
バイトが終わる頃には採用試験を受けることに決めていた。
働く土地よりも、興味のある仕事をしたかった。
北海道には、いずれ帰れれば良い。
まだ採用もされていないのに、
この生活も、とうとう終りを迎えられると思うとテンションは上がった。
3年。3年やってみて、他にやりたいことがあれば、また、その時に考えれば良い。
気持ちが高揚するのは久々だった。
その日の夜は、煙草の煙をゆらゆらさせながら、就職試験で訊かれるであろう志望動機を考える。
福祉に興味を持った、きっかけ。
中学の頃に思い描いた、なりたい自分に関係があるんだよなあ。
あの頃、思い描いた、なりたい自分は、今も変わらない。
中学の時、読んでいたマンガの登場人物から影響を受けたことから始まる。
『ろくでなしブルース』の島袋と『今日から俺は!』の伊藤。
マンガは違えど、2人とも、どこか共通していて、困っている人がいると、ほおっておけない人物。
そのさりげない優しさが、かっこよかった。
俺も、強くて優しい男になりたい。
そう思った。
で、高校生になり、将来はどんな仕事をしようかなあって考える。
その時も、強くて優しい男になりたいと思っていて、
さりげない優しさを身につけるにはどうすれば良いんだろう?って考えていたら、
仕事を通して目指せば良いんじゃないのか?ってなって、
思いついたのが、福祉の仕事だった。
そこが志望動機なんだけど、志望動機に、マンガに影響を受けて・・・なんて書けない。
ちなみに、高校の時から福祉の仕事を目指して一直線って感じではなくて、
大学3年の時、再び、将来はどんな仕事をしたいだろうって考えた時は、野球に携わる仕事をしたいなあと思う。
野球に携わる仕事は何があるか、いろいろ考えて、一番、熱くなれるのは、高校野球の監督をすることだなってなる。
ただ、高校野球の監督をやりたくて、教員を目指すのは動機が不純か?という気持ちもあって迷う。
そんな気持ちを抱きながらの教育実習。その教育実習が、すごい楽しくて、うっし、俺、高校教師になると決めた。
それから教員採用試験のための勉強にいそしみ、教員採用試験を受けるも、不合格。
そこは尾を引かずに、ポジティブに、
一回、社会に出てから教員になった方が、良い教員になれるってことで方向転換。
しかし、いくつかの就職試験を受けたけれど、ことごとくダメだった。
こうして巡ってきた福祉の仕事。
就職試験を受けるために電車で新潟へと向かった。
試験は筆記試験と面接試験。
試験の出来は、いつもとそう変わらなかったが、俺はとうとう合格した。
これで、やっと新しいステージにコマを進めることができると思うと嬉しくて、
新しい生活を想像するとワクワクした。
俺の新たな船出の時には、桜がすでに散っていたけれど、
景色はキラキラしているように見えて、
よし、やるぞって、俺は、ギラギラしていた。
つづく
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