次の日、僕は彼女とともに近所にある、幕張レディースクリニックという産婦人科へいった。
産婦人科という場所に行ったのは初めてだった。
初めて見る待合室の風景。
独特の雰囲気があった。
生命の誕生と、事情による死という相反する矛盾がかもしだす明暗。
それが、待合室全体に漂っている気がした。
でも、そう感じたのは、僕が神経質すぎたことが理由だったような気もする。
また、前日の動揺が引き金になった、大量飲酒によって、その時、僕は壮絶な二日酔い。
それがさらに僕の神経をへたらせていたのかも知れない。
思えば、僕たち夫婦は5年間、妊娠しなかった。
妊娠にいたる行為はしていたが妊娠しなかった。
いや、妊娠することを拒んでいた。
理由は一応、金銭的な部分や職業がまだ成功していないからということに僕らはしていた。
でも、本当の理由の一つは実は僕自身にあった。
僕は彼女が妊娠するまで、自分が正常であるとは実は思っていなかった。
肉体的にも、精神的にも。
そんな正常でない男が子供をつくるなんてありえないことだった。
肉体的に言えば、なぜだか僕は子供を宿すのに充分な健康な精子を持っていないと思っていた。
精神的に言えば、僕は弱い心を持った、わがままで、街ですれ違う誰よりも圧倒的に駄目なやつだと思っていた。
今でこそ、色々な人に支えられて職業的にも社会的にも平穏に暮らさせてもらっているが、学生の頃や20代の頃は本当にひどかった。
学校にいったって友達なんか出来やしない。
安いアパートを借りて毎日、酒ばっかり飲んでいた。
そして自分の好きなミュージシャンの音や映像をかたわらに、その世界に沈溺していた。
いや逃避していた。
就職してみたって、長続きしやしない。
初めて就職したのは広告会社だったが、僕にはなぜか上司の言うことが全て嘘に聞こえた。全て部下を無駄なく使うためだけの都合のいい、言い分けに聞こえた。
「お前のためを思って言っている…」「仕事というものはそういうものだ…」
そんなことを言われている間に僕の頭の中でセンサーが鳴る。
それは嘘だ…それはあんたの都合だろ…
そんなことを考えて、スタンドプレーばかりする僕は本当に上司に嫌われた。
そして思い出したくないくらい嫌な酒を毎日、どこかの酒場で飲んでいた。
収入の三分の二は酒に消えたのではないだろうか。
でも、そうでもしないと僕の心のバランスは均衡を保たなかった。
とにかくそんな時間を過ごしてきた僕は自分のことを、いつのまにか奇異で変質したものであると思い込むようになっていったのだろう。
そして、そんな奇異で変質した存在が子供なんか持てるわけがない。
子供を持つなんてゆうまるで天国のような体験が出来るわけがない。
そんなことはきっと神は許さないだろう。
僕は無神論者だが漠然とそんなことを考えていた。
でも、そんな僕が今は産婦人科の待合室にいる。
彼女の検診の結果を二日酔いで真っ青な顔しながら待っている。
願っていたことはたった一つだった。
彼女の健康。
正直、この時はまだ子供に対する思いはまるでなかった。
ただひたすら彼女の無事を祈った。
この時点では、あくまで妊娠の可能性があるというだけで、確定ではない。
もしかしたら、妊娠なんかではなくて、別の何か悪性の病気の可能性だってある。
そして、もし彼女が病気になったとしたら、それは全てこの奇異な存在の自分のせいだ。その時、僕は彼女に、そして彼女を愛してきた彼女の両親たちになんて詫びればいいのだろう。なんて謝ればいいのだろう。
そんなことばかり考えている僕の視界に検診室の扉が開くのが見えた。
検診を終えた彼女が出てきた。
僕は必死にぎこちない笑顔をつくって彼女を迎えた。
「ど、どうだった?」
彼女は答えず下を向き、小さな声で「後で教える…」と言った。
僕は彼女のテンションの低い返答に世界が終わったと思った。
神はやはりこんな僕に天国を用意はしなかったと思った。
そして僕らはこわばった表情のまま病院を後にした。
そして車にのった。僕はエンジンをかけた。
その時、彼女が急に向きをかえ、僕に一枚の写真を差し出した。
白黒のレーダーみたいな写真。
「これが赤ちゃんだって」
彼女の笑顔と妊娠2ヶ月。
神は僕にフェイントで天国への第一歩を用意した。
・・・つづく
>産婦人科では上のようなレントゲン写真を撮影してくれる。びっくり!?
出産にかかる費用
出産には大体、トータルで50万くらいかかる。
そのうちの最後の出産費用(30万円)は保険に入っていれば国から還元されるが、その前にかかる検査だとか毎月の病院代は返ってこない。
保険が効いても1回の診察費用は約4000円(※病院により異なる)
それが毎月かかる。
はっきり言って高い。
こんな子供を産みにくいシステムは異常。
異議を唱える必要あり。 |
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