11月某日 　「 　いざ本番 6　」

子供を引っ張り出そうとする懸命の医師の額の汗に反して

彼女の体力は限界に来ているように見えた。

でも痛みだけは訴え続ける。

それを僕はガクガクと震える足で見ていた。

興奮状態を通りこして少し頭がおかしくなったみたいだった。

その僕の様子を気遣い看護婦さんが声をかけてくる。

「大丈夫ですか？」

僕はどう見ても大丈夫じゃない視線で

何度も何度も首を縦に振った。

「大丈夫です･･･大丈夫です･･･」

すべてが大丈夫であることを本当に願った。




そして、数分後。

一瞬、医師の声のトーンが変わった。

明るさを感じさせる一瞬の声のイントネーションが聞こえた。

そんな声が医師と看護婦の側から聞こえた。

「いいぞ！・・・もう少し･･･！」

本当に微妙な声の変化。

その声の変化は僕を急激に勇気付けた。

そしてその声は彼女自身へも力を与えたみたいだった。

握り締めていた手すりへの力が再びよみがえった。

僕はこれがラストチャンスだと思った。

彼女の最後の体力だと思った。

それを医師も看護婦も察してか、

彼女をいっせいにはげます。

全員の呼吸をあわせるように、はげます。

そして、正確にそして力強い呼吸をうながす。

分娩室にこだまする今まで聞いたことのないような

魂の叫び。

野生動物としての人間の女性の叫び。

その叫びがこだまし、

そして・・・

そして・・・

ついに子供はこの世の生を受けた。

窒息した青黒い顔をしてこの世の生を受けた。

看護婦が彼女と僕にその姿を

一生　目に焼き付けろ！とばかりにつきつける。

彼女は疲れきった体とは裏腹に本当に

うれしそうな顔をしてその子を見つめた。

そして抱きしめた。

まだ臍の尾がつながっているその子を本当に

愛おしそうに抱きしめた。

血だらけで青黒くて決っして可愛いとは言い難い

その新しい生命。

僕はその新しい生命を前にして、ただこう思った。

「・・・よかった。」

あまりの壮絶な時間のあとには、その言葉しか残っていなかった。

その言葉以外は全て忘却したかのようだった。

そして次の瞬間には彼女への

愛おしさがこみ上げて来た。

自分のかわりに命をかけてくれた彼女に

言葉にはならない気持ちが湧き上がった。

そしてまた、「よかった･･･。」と思った。


すべてが「よかった･･･。」と思った。


>これが生まれた子。男の子。名前は和希


…つづく

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