11月某日 　「 　いざ本番 1　」

朝の７時に電話はなった。

すぐに出産のしらせの電話だと直感した。
準備を終わらせ、僕は家を飛び出た。

今いる場所から彼女のいる病院までは約6時間かかる。
最短ルートでその時間がかかる。

立会いを約束している僕はその距離にあせりながらも、
足を駅へと向け前へ前へと繰り出す。



移動中はあまりものを考えなかった。

いや、何かを考えたような気もするが、今となっては思い出せない。
でも、電車の中の高校生とかをボンヤリと見ていた気がする。

生意気そうな顔をした学生たちにも、きっと親がいて
僕と同じように悩んだりしたのかと思うと
今までと違った見え方に感じた。



病院につくと彼女は横たわりながら必死に呼吸を整えていた。

フーッ　フーッ　という息遣いと、時折発する痛い声。
ついに始まったかと緊張を感じた。

何かできることはあるかと聞いてみた。
腰や背中をさすってくれると助かるといわれた。

そうすると陣痛の痛みがやわらぐのだという。
言われるままにさすった。

えんえんとさすった。
ものすごい大変だった。

たださするだけなのに、それを何分も繰り返していると
手が動かなくなってきた。

でも、やめるわけにはいかなかった。
やめると、目の前の彼女がヒステリー気味に

やめないで！と叫ぶ。

相当、痛いのだろう。
声にまったく余裕が感じられない。

せっぱつまった人間が出す声。
僕はその声を聞くたびに顔をこわばらせた。

こわばらせたというか、すさまじく緊張した。
緊張したというか、殺気だった。

その顔を見て彼女のほうが

「もっとリラックスして！　見ているほうが緊張する」

と言った。

いつのまにか僕のほうが余裕をなくしていた。




…つづく

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