学校を出てあれやこれやと苦戦して
僕は一年後にサラリーマンとなった。
会社名はYという。
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職種は広告企画営業
企画営業という響きにクリエィティブな感じが
して僕はここから始まるであろう
夢の勤め人生活にわくわくした。
後にわくわくはガクガクに変わってしまったが。
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憧れの広告業界デビュー。
その最初の一歩は営業だった。
仕事内容は簡単で
毎週日曜に新聞に折り込まれる求人チラシ
に掲載していただけるお客様を
開拓してゆく。
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僕はこの仕事に大変希望を持った。
飛び込み営業だったが
色々なお客に会え、
色々な人の話しを聞くことが出来るという
会社の先輩の言葉に
胸おどらせた。
僕はきっとこの仕事をすれば、
次の自分につながるような、
自分の能力を認めてくれそうな、
そんな運命的なビジネスの出会いを
きっと手に入れられると思っていた。
今思うと恥ずかしいくらい
身勝手にそんな期待を持っていた。
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しかし実際、営業を始めてみると
楽しいことはなかった。
やはり所詮は飛び込み営業。
冷たく追い返されることばかりだった。
殴られそうになることさえあった。
水をかけられた先輩も過去にはいたらしい。
やっとお客さんと話すことが出来たと思ったら
その90パーセントは値引きしてくれ!
という内容のものだった。
たった2万円の掲載料すら値引こうとする
そんな客ばかりだった。
僕が夢見た、運命的な出会いなど
まったくもって皆無だった。
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この仕事をやっていて今でも忘れられない話がある。
それは、有名な配送業者 S川急便の
人事採用者の口からもれた言葉だ。
「従業員は3年くらいでやめてもらうのが一番お金がかからなくていいね。給料が安いうちに使い捨てるのがベスト。働きたいという人間なんか、いくらでもいるからね。ワハハハ」
この仕事を通してひとつだけ良かったことは
この言葉を聞けたことだった。
S川急便だけでなく
ほとんどの企業という存在が
これに近い本音を持っている。
そして求人広告の営業マンにだけ、この本音を
採用担当者はもらす。
そしてその言葉に
「そうですよね〜」
と愛想笑いをつくるのが、僕の仕事だった。
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僕はこの仕事についてから、だてメガネをかける癖がついた。
メガネをかけると自分をだませる。
営業マシーンに徹することができる。
本当は逃げ出したい自分を
一瞬だけ、だてメガネというアイテムは忘れさせてくれた。
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いいこともあった。
一緒に働く同僚がみないいやつだった。
その同僚たちと客や仕事について
あーだ、こーだ、と言う。
そんな何気ない瞬間が実はすごく楽しかった。
早く終わった日などは(と言っても夜10時くらい)
同僚と飲みにいったりした。
そしてキャバクラにいったりした。
その頃はまだバブルの名残か
「お仕事は何してるの?」
というキャバクラの女の子に
「広告代理店」
というと、わーすごーい、と言われる時代だった。
確かに代理店ではある。
求人を代理で広告する、求人広告代理店。
そんな僕らにキャバクラの女の子は
言ってはいけないことを必ず言う。
「どこ?電通? 博報堂?」
しかし僕は小さな小さな新聞折込屋。
「まあ、そんなとこ。。。」
と、虚しい虚勢をはる。
言っている自分に惨めさを感じた。
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広告業界は皆そうだが、
残業はやはり信じられないくらい多かった。
ほぼ毎日11時くらいまで働かせられた。
そのかわり土日はきっちりと休める会社だった。
それは良かった気がする。
しかし上司は休日も働いていたようだった。
体を壊している人も多かった気がする。
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仕事をしてゆくうちに、僕は僕の中から
湧き起こってくる
「もっと人生が楽しくなるような仕事を!」
「もっと本気でやりがいの感じられる仕事を!」
という欲求に次第に耐えられなくなっていった。
そしてその限界点が来るのは早かった。
毎晩、飲み屋で悩んだ末
僕は辞表を提出することを決意した。
でも仕事をやめるというのは、始めるよりエネルギー
を要することなのかも知れない。
会社をやめるということに、すごく恐怖を感じた。
せっかく抜け出した無職状態に逆戻り
することがやはり怖かった。
でも、同時にこのままでいるのも怖かった。
本当はやりたくないことに人生の大半を奪われる。
その凄まじい拒否反応が、
僕を毎晩酒場へと現実逃避させる。
そして体がじょじょに壊れてゆく。
職場の上司と同じように。
それはやはり受け入れられなかった。
次の日、辞めた。
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