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 LIFE.17 フリーライター " 高山リョウ " さん

by フリスタ編集 MIZK


■プロフィール

高山リョウ
1972/01/16生 A型 北海道旭川出身

ライター。別名・高山リンダ×2。週刊プレイボーイ、集英社ビジネスジャンプ、紀伊国屋書店WEBなど様々な媒体で記事を執筆。格闘技の世界にも深い造詣がある気鋭のライター。

高山さんブログ↓
http://blog.livedoor.jp/samwriter/


始まりは昨年週刊プレイボーイ誌上にて行われた貴乃花 VS 太田哲也というビッグな対談だった。



そこでライターとして参加していたのが高山リョウさん。

その他にも『スラムダンク』の著者 井上雄彦氏へのインタビューや(http://bj.shueisha.co.jp/interview_inoue/index.html

紀伊国屋書店WEBでの女優&アイドル推薦映画レビュー(※最新は酒井若菜さんのインタビュー、12/11アップ予定!)
http://forest.kinokuniya.co.jp/Concierge/index.html

などなど精力的に活躍する高山さんに非常に興味を持った僕は話を聞いてみた。

そして二人で意気投合した”人生において大事なものはハッタリ!!”

そんな、二人のハッタリ試行錯誤人生。きっとあなたの人生にも勇気を与えると思います。お気楽によろしくです。


◆◆◆◆◆

---MIZK「高山さん、こんにちは。この間はフリスタのイベント、フリースタイルミュージックナイトにも遊びに来てくれて本当ありがとうございます。」


高山 「いえいえ、こちらこそ。凄くいいイベントで僕も本当楽しかったです。」


フリスタミュージックナイトにて 高山さんドアーズ”ライトマイファイア”を唄う。



---MIZK「今日はですね。高山さんと是非、この閉塞した社会をどう自分流にすり抜けながら生きてゆくか?という小難しいことをテーマに話したいと思います。よろしくお願いします。」



高山 「よろしくお願いします。」


---MIZK「まずは簡単な生い立ちなんかを。」



高山 「父親の仕事の関係で日本を転々としてた子供時代でしたね。北海道にはじまり、四国、島根、そして東京と。思春期は島根で過ごしました。」


---MIZK「東京にはいつ?」



高山 「浪人時代ですね。大学受験のために上京したんですが、その夏、代々木ゼミナールで意識を失い病院へ。診断の結果はクモ膜下出血で集中治療室入り。マジで(苦笑)!? 

病院から連絡を受けた母親は、驚きのあまり意識を失いかけたそうです。ひと月後には開頭手術を受けました。今でも傷痕残ってますよ。

その後もしばらくは1日じゅう頭が割れるような激痛が続いたり…しんどかったですね。入院生活は3ヶ月続き、退院の2ヶ月後には入試本番。受験勉強が間に合わなかったので小論文に重きを置いた学部をヤケクソで受けて、ハッタリを書き殴ったら何とか受かりました」


---MIZK「それは大変でしたね。でもそのハッタリ凄いですね(笑)」



高山 「はは、我ながら(笑)」


---MIZK「では、社会に出てからの簡単ないきさつなんかを教えてください。」



「大学在学中から友達と悪ふざけでミニコミを作っていて、出版社中心に就職活動をしました。履歴書にそのミニコミのコピーを添付して送ったら、ことごとく全滅。今考えたら当たり前なんですけど(笑)。新聞の3行広告で見つけた格闘技系の小さな出版社に受かったのは、卒業式も終わった後でした。

でも最初はその会社で映像の部署にまわされまして…これがもう正直つまんなくて… ”明日やめてやる!!”がその頃の口癖でした。”明日やめてやる”を3年間毎日。明日はいつ来るのか(笑)



---MIZK「そういう時期ありますよね。僕も20代の頃は小さな広告代理店のサラリーマンでしたが、本当毎日毎日、仕事がつまらなくて暗い顔してました。そしてストレスで酒ばっかり飲んでた。タバコも吸いまくってたし。」



高山

「僕もそうでしたね。朝起きてまず憂鬱。タバコでも吸わないととてもじゃないけどやってられない。今の僕はタバコを吸いませんがあの頃の僕はほんとヘビースモーカーだった。」


---MIZK「でも、そんな高山さんに転機が訪れるんですよね。」



高山 「はい。ちょっと笑ってしまうかも知れませんが、就職して3年目くらいの時に、現役の忍者である初見良昭さんという方に出会ったんですね。この人との出会いが僕を変えた!」


初見良昭氏の詳細が知りたい方は↓

WikiPediaの記述 クリック!!


---MIZK「ほう!?」



高山 「初見先生は当時すでに70歳でしたが、じつにフリースタイルな方なんです。もっと多くの人に知ってもらいたい。たとえば当時起きたバスジャック事件。包丁を持った犯人にどう対処するかを雑誌の仕事で何人かの武道家に尋ねたんです。カバンを盾に近づくとか、クツを投げつけるとか答える人達の中、初見さんはひとり「みんなでクソ漏らす」って、次元が全然違う(笑)。

なんかこう、仕事がつまんないとか明日辞めるとか、そんな事考えてるのがバカバカしくなっちゃった。つまんない仕事を続けるにしても、辞めるにしても、面白おかしくハッタリかましてやってやろう。そんな気分で働きだしたら、仕事が徐々にはかどってきて。つまんない仕事をつまんないままにしてたのは、自分のせいだったと気付いた。


 いい事って続くもので、その後、大ファンだった格闘技漫画『グラップラー刃牙』の板垣恵介先生に会うことができて。初対面で「忍者の初見先生と何かやりませんか?」とハッタリをかましてみたら、アイデアがどんどん広がって結局1冊の本にまとめる仕事(『板垣恵介の激闘達人烈伝』徳間文庫)になりました。

自分のやりたい仕事は自分で作り出さなければダメってことですよね」


『板垣恵介の激闘達人烈伝』徳間文庫
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198923450


---MIZK「初見先生・・・凄い(笑) 板垣恵介先生との出会い、そしてハッタリから自分の仕事が広がってゆく話しもすごくいいですね!」



高山 「この頃はほんと転機でしたね。会社にはその後2年半いたけど、充実した楽しい時間になりました。

そして辞める3ヶ月前、もうひとつの転機が訪れて。サラリーマン生活で定年を迎えた僕の父親が、燃え尽き症候群のような状態で寝たきりになったんです。

意志の疎通も困難で、当時の僕は父親との関係は最悪だったんですが、もう口論すらできない。そうなると幼かった頃の親父とのいい思い出ばかりが思い出されるわけです。


新宿”バガボンド”前にて

仕事は順調だったけど、その頃会社では人間関係のごたごたがあったりで、くだらない連中のために時間を費やしてらんない、オレの貴重な時間は親父のために使おうと思って、会社をスッパリ辞めました。会社という場所でやりたかった仕事もできて、結果も出せたので、未練はなかったですね。」


---MIZK「もの凄く大変な時期を過ごされたんですね。独立された当初はさぞ大変だったのではないですか?」



高山 「そうですね。父の介護をしながら失業保険でつないでいるような日々でした。母親も父の介護疲れで調子を悪くするし。。。僕も満足な収入もないし。。。」



---MIZK「正直、その頃はどうされてたんですか?」



高山 「バイトとかたくさんしてましたよ。フリーペーパーの求人誌とか見まくって。それで色々な支払いとかしてました。」


---MIZK「僕も独立当初、思いっきりそういう時期がありました。キツかったなあ、あの頃は。切なかったし・・・」



高山 「でも、まあ、そんな日々だったんですけど、少しづつ昔の知り合いとか友人とかが気にかけてくれてフリーとしての仕事が入り始めたんですよね。ちょうど失業保険とかが切れる頃かな。ほんとありがたかったです。」


---MIZK「やっぱり最後は人の縁ですよね。」



高山 「はい。ほんとそう思います。それと後、やっぱり大事なのは”ハッタリ!”だと思ってます。どんな大変な状況にいたっても大丈夫!大丈夫!とハッタリの姿勢は崩さない。これが人生凄く大事だと思ってます。」


---MIZK「ああ、それ僕、凄く良くわかるなあ。僕も自称、超ハッタリ人生なんで(笑)」



高山 「(笑)ハッタリは大事ですよね。だけど一度吐いたからには、つじつまは合わせる。ハッタリを現実にするため、仕事に人生に、誠実に取り組む。その繰り返しで人は成長していくんだと思います。

それに思うんです、根拠のないハッタリはないって。漠然とした夢や希望は胸の奥底にボンヤリあって、でもまだ認識はできてない。そこへ何かのはずみで口をついて出るのがハッタリ。だから夢のない人はハッタリのひとつも言えないと思う」



---MIZK「フリーになって大変だったところ、逆にこれはいいぞと思った出来事などあれば教えてください。あと、現代社会をフリーで生きてゆくのに必要な素質は何だと思いますか? 」



高山 「大変だったのはやっぱり月収0の月は寝こんだこととかかな。いいぞーっと思ったのは大好きな甲本ヒロトさんと話せたことでしょうか。あとフリーの素質ですがそれは楽天的な性格かな。はい。」


---MIZK「高山さんにとって”自由”とはどんなものでしょう?」



高山 「ものごとを自分の頭で考えられること・・・これが僕にとっての自由ですかね。」


---MIZK「最後になりますが、今、活躍している高山さんですが、その今の高山さんになれたキーワードは何だったんでしょうか? 何が高山さんを自由にそして自分流の生き方に導いたと思いますか?」



高山 「うーん、おそらく友達ではないでしょうか。やっぱり人間は一人では生きれないと思います。逆に言えばしっかりと様々な人と手をつないでさえ入れば人生はきっと何とかなる。そんな風に思います。」


---MIZK「今日はありがとうございました。最後に、これからこの社会に出てくる若い人々に一言。 」



高山 「おまえらなんかに負けねーぞ!!!(笑) 」


***

☆インタビューを終えて

高山さんは凄くフリースタイルライフを褒めてくれる。そんな高山さんが僕は大好きだ!(笑)

インタビューを読めばわかる通り、人それぞれ本当に色々のものを背負っているなあと改めて思う。誰にも鬱屈した時期というものがあると思う。でもそこを転換期として自分流の生き方へ向かうことも出来る。

そしてそのエネルギーの源は”ハッタリ!!” あなたも一緒にハッタリパワーでこの世界をしなやかに乗り切りませんか!?

僕も当然、ハッタリパワーで生きてます(笑)



(フリスタ編集 MIZK)



2006-12-6 by フリスタ編集MIZK


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